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【VOL.59】変わりゆくもの、変わらないもの。

(2009/01/22 松永 務 )
1月の2/3日とわが家は思い立ったように京都散策へ出掛けました。

子供の発熱により断念したふるさとへの帰省の代わりでしたが、当たり前のようにインターネットで新幹線を予約して、宿はちょっと奮発して宝ヶ池プリンスホ テル(村野藤吾設計)。古都を訪れる移動手段は、中学生の修学旅行の時(もう30年前・・・)から1.5倍スピードアップした新幹線。そこまでの宿探しや ら、切符手配やら、訪れる場所探しやらといった、準備に費やす時間は机の前の一瞬に近い時間。

何が変わって、何が変わらないのか。

昨年、20年ぶりに訪れたときに有名どころを廻ったので、今年はちょっと近場系(京都駅から)と穴場系。

近場系は三十三間堂。

120mの総檜造りと1001体もの観音像は圧巻。
また、太鼓を打つ雷様と風の袋を抱えた風の神というイメージを決定づけた彫刻といわれる雷神と風神像。
700年前の人々の畏怖度合いはいかばかりだっただろうか。
昔は、100以上とは途方もない数を表していたと言いますから、1001体のしかも、それぞれが40本の手を持つ観音像はどう見えたのでしょうか。


穴場系は、南禅寺。
湯豆腐でも有名ですが、ここの石庭は枯山水と意外に豊富な樹木と杉苔、石との構成がウエットな感じで良かったです。訪れる人々がそれをただ無心に眺めて同じひとときを過ごす。

そこにはもう一つ、知る人ぞ知る水路閣。

いや、知らない人が多いか。
このローマの水道橋を模した水路は、明治維新以来京都府政の悲願だった琵琶湖疎水計画を実行したものです。滋賀県の大津からいくつもの山々を新幹線のトンネル並に掘って掘って堀まくった。その中には長さ2400mのトンネルも。
そして、すべて日本人の手で行われた国家事業ともいえる規模の設計を行ったのが、何と当時まったく無名の若干21歳の青年技師田邊朔朗。このお方、大学で論文はまとめたものの、実体験もなければ土木工事経験もなかったと言うから、何ともはや・・・・。


古都を訪れたあとに、しみじみと感じたこと。
変わりゆくときの流れの中で、何が変わって、何が変わらないのか。

皆さんは、どう感じられましたでしょうか。

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