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【VOL.100】「まちは大きな家族である」続き

(2009/01/22 三原 栄一 )
デスクの皆様。また、このサイトを御覧になっている皆様。

今回はVOL.62で紹介した家の一年点検時写真ご覧になりながら、前回からの言葉のパクリ「まちは大きな家族である」についてウンチクを語ります。

「まちは大きな家族である」

良い言葉ですね、まったく。悪徳建売住宅やマンションと言った、地域環境やまちなみ無視の建築群に始まり、カタログ販売のメーカー住宅や直輸入住宅、さ らにアーキテクト気取りの、これ見よがしデザイナーズ・ハウスも実は街の景観を乱しますよねえ。それらのどれをとっても、いまのところ「まちは大きな家族である」にビンゴ!の景色にぶち当たらないという悲しい現実!!
では、おまえの仕事はどうかなって言われても、所詮その判断はそこに暮らす市民であるので、その回答は控えますが・・・。

今すこし、同業他社とのボランティア活動の連携が必要である。
しかしながら現実は非常に厳しい。なぜなら建築設計業界の中でも、特に意匠設計で生計を立てている先生方、自分も含め自己主張が以上に高い「語り屋」であ り、自身が世界一と考えている輩が大半のため、いわゆるこういったボランティア活動には必須の、世間一般で言う「協調性」が欠如しているからである。これ は決定的な要因だよね。
だからといって。ただここ湘南地域を荒らされ放題にさせるわけには行かないわけで、すこしづつ「同志」を募っているわけである。決して大げさではなく、水滸伝でいう「替天業同」並の、高い「こころざし」無くして継続できない事業だとも思っている。

街にとけ込む建築、多くを語らず、さりとて凛とした姿を持った建築に憧れる。
オーナーと建築家、そして施工会社がおりなすハーモニーが一致したとき、初めて達成できる匠の技を、いつも心に秘めて日々精進している。だからこそ、たやすく「匠」など語れない、よね皆さん。





空間を切り抜く
ワンルーム宣言
ワンピース・スペース

すべての住空間がパブリックであり
すべての住空間がプライベートになる



茶の間より上2階のくつろぎの間を望む

ロフトより階下を望む
 

くつろぎの間より茶の間の吹き抜けをパスして主寝室を望む。

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